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真野蟻乃典(MANO Arinoske)|「ありのす」管理人・主宰

日本語教育推進基本法(仮称)のこと、その1:キーノートまとめ

 さて、何から書こうかと考えているんですが、やはり多くの方のご関心は「基本法」にあるのではないか、という気もするのでまずはそこから整理していきましょうか。

 先の記事にある5日連続でわたしが参加した研究会で言うと、3日目にあたる日本語教育振興協会(以下、日振協)の平成29年度日本語学校教育研究大会(以下、教研大会)の基調講演に関する話となります。基調講演では日本語教育推進議員連盟仕掛人であり、代表代行であり、元文部科学大臣でもある中川正春氏から「日本語教育推進基本法日本語学校教育」という演題でお話がありました。

 まず、日本語教育推進議員連盟(以下、日本語議連)について簡単に補足しておきましょう。日本語議連は2016年11月に発足した超党派国会議員の集まりです。議員連盟というのは同じような目的を持った議員が集まって有志的に作られるもので、日本語議連の場合は「外国人が日本社会に溶け込むために必要不可欠なのが日本語教育です。しかし、日本語には、何ら法令上の規定がありません。(中略)課題の解決とともに、日本語教育の基盤を強化する必要があります。」(「「日本語教育推進議員連盟」(仮称)のご案内」より)という問題意識を持った議員たちが日本語教育の推進を目的に立ち上げました。
 そうは言っても日本語議連は、まだWikipediaにも載っていませんし、公式ホームページなどもない実態のわかりにくい集団ではありますが、支援団体として「にほんごぷらっと」(以下、ぷらっと)という任意団体があり、日本語教育情報プラットフォームというウェブサイトで日本語議連に関する情報などを発信しています。またこれまでに8回開催された総会の資料は日本語教育学会(以下、NKG)のウェブサイトにPDF形式でアップロードされています。
 日本語議連?ぷらっと?NKG?どういう関係?よくわかりませんね?まあとりあえず今はそういう団体ができたということだけ認識していただければよいのでここでは先に進みましょう(議連についてはそのうち別の記事を立てます)。で、この日本語議連の中にさらに日本語教育推進基本法立法チーム(以下、立法チーム)を作り、法制化に向け動いているというのが今の状況です。

 次に、立法チームが法制化を目指している日本語教育推進基本法(以下、日本語基本法)についても補足をしておきます。これは上述の目的のもと集まった議連の一つのゴールともいえるもので、これまで法的な根拠のなかった日本語教育について超党派の強みを生かした議員立法で法律を制定させ、日本における日本語教育の基盤づくりを行おうとするものです(この補足は不要かもしれませんが、法制化の手続きとして、国会に法律案を提出し、衆議院参議院の両議院で可決される必要があります。その際、法律案の提出には政府(内閣)が提出する閣法と、国会議員が発議する議員立法(衆法、参法)の二つの方法があり、今回は後者の議員立法を採るための超党派の議連であるとのことです)。
 で、今回の立法チームが制定を目指すところの日本語基本法はまさに「基本法」であり、日本語教育の推進や振興のための第一歩となるべきものです。基本法というのは、あることについての国としての基本的な方針や原則、理念などを定める親となる法律であり、この基本法に基づいてその後、子となる個別法が制定されていきます(たとえば、教育基本法災害対策基本法などがありますね)。そのため日本語教育の法制化と言ったときに、現状何もないのでまずはこの基本法から制定していく必要があるというわけですが、「日本語教育推進基本法」というのは仮称であるとされています。立法チームとしては来年の通常国会で成立させるつもりで準備を進めているそうです。

 さて、補足のほうが長くなってしまいましたが、できるだけ丁寧に読み解いていくために念のため書いておきました。「そんなん知ってるわ!」という方は適当に読み飛ばしてください(先に言うべきでしたね、ごめんなさい)。で、ここから本題です。日本語議連の代表代行であり、立法チームの座長でもある中川正春氏が日振協の教研大会で直々に目下構想中の日本語基本法について語りました。その内容とポイントについて整理します(なお、すでに教研大会についての「ぷらっと」からの報告も出ています)。

 まず、講演の冒頭では中川氏の経歴のお話があり、その中で、「世界中から人が集まってくる国が魅力のある国だ」というような認識をお持ちであることが述べられ、そのため移民を含めた人の移動・受け入れについて前向きに検討していく必要がある、というお考えを表明されました。しかし、現状の政策では外国人の受け入れに本音と建前の矛盾が見られ、国家戦略としての日本語教育体制を整備していくことが急務であると強調されました。留学や技能実習を隠れ蓑に就労目的で来日している現状についても言及され、就労枠と留学・研修枠はきちんと分けるべきだろうとの問題意識はあるとおっしゃっていました(これはわたしの感想ですが、政治家の中にもそのような現状認識をされている方がちゃんといらっしゃるということは印象的でした)。
 そういった経緯で、問題意識を持った中川氏のほうから株式会社移民情報機構の石原進氏(のちに議連の発足に合わせ上述の議連の支援団体である「ぷらっと」の代表世話人に就任)に相談を持ち掛け、今回の日本語議連の発足となったとのことでした。ただ、政治家主導で動き出した日本語教育の法制化について、中川氏からは「本当は現場の方から声が上がって、その声を受け止めて政治家が動き出すほうが理想的なんだけど」というような皮肉めいたご発言も述べられていましたが、本気で日本語教育日本語学校を応援したいという想いがあるからこそだろうと感じました。
 続いて、肝心の基本法の内容についてのお話がありました。あくまで骨子案として口頭で示されたものにすぎませんので、多少の修正は今後も入ってくるのだろうと思いますが、日本語基本法に盛り込まれる内容は以下のようになるとのことです。

Ⅰ.総則
 1.目的
 2.定義(「日本語教育」という用語の国としての定義づけ)
 3.理念(「日本語教育を望むすべての者に対してその機会を確保する」というような趣旨)
 4.国の責務
 5.関係省庁等の連携
 6.財政上の措置(資金、予算など)
Ⅱ.基本方針・示唆
 1.日本語教育の普及・推進に関する施策を定めること(子ども、留学生、就業者・求職者、海外・地域別など対象別に)
 2.日本語教育の質に関する施策を定めること(日本語学校の在り方、人材育成、教育内容、教材、評価などについて)
 3.日本語教育の調査研究に関する施策を定めること(総合的・体系的なもの)

 この骨子案は年内には公表できるように調整していくとのことでしたが、その後、外部からの意見などを訊き、最短で来年の通常国会に提出し、そのまま可決・成立まで持ち込む算段だそうです。骨子案はこれまで8回開催された総会の中で各関係機関からのヒアリングをもとに作成しており、具体的な要望などは配布資料がありました(そちらは別記事で改めて検討します)。そして無事に基本法が制定されたら、第二段階として個別法について考えていくことになるようです。
 最後に、第二段階の個別法を整備していくにあたり、課題となることがいくつか挙げられました。中でも日本語学校については質の保証をどう考えていくのか、という点が争点となりそうです。現状、学校法人立・株式会社立・個人立など様々な設置者によって日本語学校が経営されています。そして、教育内容や目的・対象・理念なども学校によってさまざまです。まずはそれらをある程度はっきり類別するようなことを考えなければならないというご提案もありました。そのうえで、主に二方向の質の保証の考え方ができるのではないかとして、「新たな学校類型を定め、参入基準(設置基準)を強化する方法」と「現状の参入基準(設置基準)を維持し、参入後の点検を強化する方法」の二つが挙げられました。
 前者としては、個別法で「日本語学校特別法」のようなものを作り、文科省を所管省庁として置くことが考えられる一方で、学校教育法外に特別法を置くことの必要性や整合性、既存の株式会社立の学校の位置づけをどう考えるか、といった課題もあるとのことです。それに対して後者としては、基本法日本語教育を振興する方向性を明確にし、参入自体は現状維持とするが、別に厳格な点検基準を設け、形だけではなく中身の部分までしっかりとチェックしていくことで質の保証をしていくというものだということでした。ただし、こちらも文科省の関与を明確にすることは必要だが、日振協でもやりきれなかった点検を文科省が十分にその機能を果たせるとは考えにくいため、専門家による点検機関を置く必要があるだろうとのお話もありました。そのためには、「学校の質」の評価基準の考え方、日本語教師の資格の明確化、既存校をどう扱うか、などいくつか考えなければならない課題があり、点検機関を維持する経費をだれが担うのかという現実的な問題も出てくるだろうということでした。そして、そのあたりは現場の先生方にじっくりと議論をしておいてもらいたいというような要望もありました。
 中川氏が直接明言されたわけではありませんが、今回の講演が日振協の主催によるものであり、参加者の中心は日本語学校関係者であることが予想されたため、かなり日本語学校に関わる部分に寄った内容のお話をされていたように感じました。また、フロアからの質疑もやはり日本語学校に関わるものがほとんどでした。しかし、これは中川氏も強調されていましたが、日本語基本法ではあくまで日本語教育を国家の政策の中に位置づけるための総則的なものにすぎず、重要なのはその後に来る個別法の制定段階だろうと思います。基本法議員立法で進めてきていますが、基本法の中に各省庁の役割を示し、個別法は各省庁が中心となって閣法で制定していくことが理想だという話もありました。
 ここまで見てきたように日本語基本法が成立しても、日本語学校に関する細かい規定や待遇面、教育の質などの向上に直接つながるものではありません。第二段階としての個別法を制定していくにあたり、「日本語教育」に関わるわたしたち一人ひとりが声を上げ、「日本語教育」をどのように考えていくのかをきっちりと議論していく必要があるだろうと思いました。
 さて、少々長くなってしまいましたが、基調講演のまとめと補足でした。ご覧いただき、ありがとうございました。引き続き、共有していきますので、よろしくお願いします。

ありのすけ

追記:参考までに中川氏が日本語基本法について自ら語る記事もシェアしておきます。未読の方がいらっしゃればあわせてどうぞご覧ください。